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完食指導でトラウマに!「なぜ給食を残してはダメなの?」にどう答える?

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おそらく給食制度が始まってからずっと行われてきたであろう学校給食の「完食指導」。

ずっと我慢し続けてきたことが、最近になってようやく問題視されるようになっています。

先日閉幕した第197回臨時国会でも議論にあがっていました。

学校給食の「完食指導」とは、文字通り給食を完食しましょうと指導するもので、それ自体にはなんら問題は無いのですが、食べることが遅い子、苦手な子に対して強要する側面もあることが問題視されています。

給食の完食を強要されたことで、食事をする行為が恐怖や緊張でしかなくなるというトラウマの原因になるケースもあるといいます。

昨今世間に認知されつつある「会食恐怖症」もその一例で、日本会食恐怖症克服支援協会には給食のトラブル相談が大変多い現状です。

私の子どもも、近い将来は小学生になり給食生活がスタートします。

もちろん、それなりに(いや、とても!)好き嫌いがあります。

絶対に食べたくないシチュエーションが現実にやってくるのです。

無理矢理食べさせられて帰ってくる我が子が「ママ、給食食べたくないよ」と言ってきたら、私はなんて答えるんだろう?

あたなは何と答えますか?

ここで、給食とは何なのか?を知ったうえで、どんな指導の実態があるのか、食べること食べないこと、食べ物を残すことなどをもう一度考え直して、我が子へ伝えるベストアンサーを導き出したいと思います。

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学校給食とは

学校給食の役割

学校給食法 第2条で以下のように定義されています。

1.日常生活における食事について、正しい理解と望ましい習慣を養うこと。

2.学校生活を豊かにし、明るい社交性を養うこと。

3.食生活の合理化、栄養の改善及び健康の増進を図ること。

4.食糧の生産、配分及び消費について、正しい理解に導くこと。

5.食生活が食にかかわる人々の様々な活動に支えられていることについての理解を深め、勤労を重んずる態度を養うこと。

6.我が国や各地域の優れた伝統的な食文化についての理解を深めること。

7.食料の生産、流通及び消費について、正しい理解に導くこと。

平たく言いますと、

大きくなりたい!

その年齢、時代、地域に合わせた栄養バランス

楽しい!

他者と食事をしながら楽しく時間を共有できる

美味しい!

適切でバランスが取れた食事は美味しいことを体が覚える

知りたい!

食事のマナーや食材の生産、流通など「食」に付随する知識を得る

給食の時間は大きくなりたい!楽しい!美味しい!知りたい!以上の4つが満たされるべきなんですね。

完食指導の実態

完食指導と聞くともうあまりいい印象は持てなくなった今ですが、先に挙げた学校給食法第2条ー5.7.の倫理観から、たくさんの人たちが手間暇かけて作ってくれたこの給食を残すとは何事!?という考えが我々日本人んには定着している人が多いのではないでしょうか?

忍たま 食堂のおばちゃんが「お残しは許しまへんで!!と言っている図」

現に、食育の研修はあっても「給食指導」は研修すら設けられていない。

どうやって子どもたちに指導すればいいのか困っていると日本会食恐怖症克服支援協会に相談する現役の教職員がおられるそうです。

できれば残さず食べきれればそれに越したことはないよ。という意味で指導するのは問題ないとして、絶対に食べなさい!的指導、いわゆる給食ハラスメントとされる実態はどのようなものがあるのでしょうか?

マンツーマン強要

無理矢理口に押し込まれる

吐くまで食べさせられる

食べ終わるまで昼休み無し、または放課後に居残り

このような完食指導の強要で、給食時間が苦痛で登校拒否や会食恐怖症に陥る児童が増えています。

連帯責任主義

班全員が完食しないとシールをもらえない

クラス全員で頑張れ!コール

完食できない子の分をクラスの誰かが食べなければならない

一見、連帯責任でこれにて一件落着!と片づけられそうですが、このパターンでは、責任感のある児童が「食べなければ!」と無理をしてしまうという弊害が生まれています。

これは聞いているだけでもしんどいですね...

わたしも小学生のころ、毎日給食を食べきれないで昼休みも頑張って食べていたクラスメイトがいました。

当時を思い出すとやはり幼いながらも、「可哀想だな。」と胸が痛んだ記憶が甦ります。

しかし、「残さず食べる」精神にのっとっている私はその状況に疑問は感じていなかったことも事実です。

いずれにせよ、完食の指導を超えた〝強要〟は食べきれない子には当然のこと、周囲の子どもたちをも傷つけていることになるのですね。

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「食べる」ということ

ここまでは給食の役割や、問題となっている完食指導の実態を理解しましたが、そもそもどうしてそんなに「食べる」ことが大事なのでしょう?

食べないといずれお腹がすいて、もっと食べないと栄養失調で餓死。

こんなことを子どもに言ったところで「うん、わかった!残さず全部食べようっと!」と、ならないですよね?汗

「食べる」ことって、日本に生まれて、人並みの生活ができて、健康であれば当り前すぎて考えたことがないことかもしれません。

だからこそ「食べる」ことを敢えて考えてみたいと思います。

「食べられる」ということ

ほとんどの赤ちゃんがお腹から生まれてくるとオギャー!って泣きますよね。

お腹の中では一度も泣いたことなんてないのに、生まれた途端泣きだす。

どうしてかわかりますか?

産声をあげる赤ちゃん

お腹の中の環境が生きる場所であった赤ちゃんにとって、我々がいる世界は生きる環境とまったく違うため、「やばーぃ!ここじゃ生きられなーい!」と泣くのです。

そこで生き抜くために、教えてもいないのにおっぱいやミルクを必死で飲んで、生きようとするのです。

これぞ潜在能力、すごいですよね!

しかし、残念なことに元気がない赤ちゃんも現実にはいて、自分の口で吸う(食べる)ことができないケースもあります。

つまり、人間が「食べられる」ということは健康な状態であるということです。

「食べられない」ということ

では、「食べられない」ということは健康な状態ではないことになるのでしょうか?

「食べる」という行為は

目で見る

食べる順番を決める

においを嗅ぐ

舌や手で感触を味わう

音が聞こえる

味や温度を感じる

「美味しい!」「まずい」と気づく

「楽しい!」「寂しい」と感じる

量をコントロールする

満腹を感じる

など細かいことをあげればもっとあるでしょう。

何が言いたいかというと、つまり「食べる」ことは五感をフルに使うことなのです。

成長過程である子ども時代にはこの「五感」育てが超重要とされています。

なぜならば、五感(味・聴・嗅・視・触)が刺激されるということは、脳に刺激が伝達されたことになります。

脳は成績が良いなどの知能のためだけではなく、生命の維持や心を司る器官でもあります。

子どもがロボットになって欲しい親でない限り、生命維持や心を大事に育む、極めて重要な役割を担っているのが五感の発達なのです。

夢中で食べる子ども

話を「食べられない」に戻しますと、「食べられない」理由は大きく3つあるようで、

1.アレルギー

2.嗜好

3.摂取可能量の個人差

があげられます。

食事は五感がフル活動することですから、「まずい!これはもう食べられない!」と体が反応することはとても健康的なことではないでしょうか?

ここを、理解しないで「いや、それはワガママだ!食べ物を粗末にするな!!」と完食絶対主義を押し付けるからややこしくなっているのでは?と思われます。

では、不健康な状態の「食べられない」人とはどういう人でしょう?

それは食欲がない人です。

食事を忘れるほど何かに没頭して食べないこととは異なり、平常な生活を送る人であれば差はあれど、必ず食欲があるものです。

食事を摂ることは体力を使います。

そして、食べよう!という気持ちが一緒になってはじめて成り立ちます。

それが無いとなると、疾患、生活リズム、粗雑な食事内容による栄養の偏りによって、体力と精神力が食欲を沸き起こしてくれないのです。

よって結論として、「食べれない」人の中には不健康な人と、きちんと五感を使ったうえで「食べない」と判断できる健康な人がいるのです。

食べ物を残すということ

個人的なことで恐縮ですが、わたしの夫は食べ物を残せない人なんです。笑

特段これといった理由は見当たらないらしいのですが、食べ物を残すことに少なくとも罪悪感があるようです。

子どもに食べ残しを諭す鉄板は「食材を作ってくれた人、それを運ぶ人、買って作ってくれた人、いろんな人の労が報われないわよ!!」

「食べたくても満足に食べらない子もいるのよ!!」

わたしも言ったこと何度もあります。。。

でも言う度に、「なんだかな~」と不甲斐ない気持ちにかられるのです。

その「なんだかな~」を払拭すべく、食べ物を残すことはNG派とOK派の声をまとめました。

食べ残し=NG!

そもそも食べ物は有機物=生き物。残すことは無断な殺生につながる

生ごみの量が減り、ごみ処理施設の費用(税金)が抑えられる

食べ残しは食費の無駄遣い

見た目が嫌

作った側の気分を害する

食べ残し=OK!

量的にこれ以上受付られない体がある

どうしても嗜好的に無理なものはある

倫理的なことを言っても、残したものを諸外国に今すぐ持っていけないし、タイムスリップして昔の人に分けることもできない

食べられないことは、食事に関わったすべての人に感謝しないことではない

無理に食べることは体に悪いから

食べ残しを気にして消費しないより、消費した方が経済が潤うのでは?

なるべく残さないように

いかがでしたか?私は一番最後の意見以外はどれも頷けました。

これでは決着がつかないことになりそうですが、両者共通項が見えました!

それは、食べ残しNG派はもちろんのこと、OK派も食べ残しは良くないという前提があるということです。

OK派の意見の前にはどれも、「残してはいけないとは思うけど、」という条件が付いていると思うのです。

従って、残さないような配慮を提供側も供給側もできるといいですよね!

今では学校給食で事前に量を調節できるように配慮してくれる学校が増えているようです。

しかし、まだ子どもですから、いくら調節したつもりでも残したくなることはあると思うのです。

それも成長の過程だと長い目で見ていただきたいと、いち親として願います。

まとめ

冒頭で触れましたが、先日の臨時国会で質疑された学校給食の完食指導について、柴山文科相はこう答弁されました。

「給食指導とは、児童生徒の生活活動や健康状態なども踏まえつつ、食事の量、食べる速度、嗜好などについて個別に把握をし、強制的に食べさせるじゃなくて望ましい食習慣を身に着けさせるため、少しずつ、根気よく、しっかりと食べる。というような改善に向けた指導が行われる姿勢が極めて重要である。」

このことから、じきに完食指導は禁止との御触れが出されることになるのかもしれませんね。

しかし、答弁はとても理想的で美しいのですが、先生方が児童一人一人の食事を把握して指導し、改善まで求めるのはいかがかな?と思います。

ただ、0か100かのような、食べるか食べないかが指導の目的ではないよ!と明確に言及されていますので、これからは完食指導が適切に行われていくことを願ってやみません。

親としては、我が子一人でもコントロールできない食事問題の解決を学校に求めるのではなく、学校給食に少し助けてもらえればラッキー!くらいの感覚でいけたらいいなと考えます。

「ママ、給食の時間って楽しいよ!」

息子が入学する頃にはそんな声がたくさん聞こえるといいなと。

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